東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1188号 判決 1972年7月21日
控訴人 丸幸精機有限会社
右代表者代表取締役 林七幸
右訴訟代理人弁護士 千葉孝栄
同 杉山一
同 高橋治雄
被控訴人 清水ミユキ
<ほか四名>
右五名訴訟代理人弁護士 小笠原稔
主文
一、原判決中控訴人と被控訴人清水ミユキとに関する部分につき、控訴人敗訴の部分を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人清水ミユキに対し、金一六九万六、三四五円及びこれに対する昭和四四年一月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人清水ミユキのその余の請求を棄却する。
二、控訴人の被控訴人清水博、被控訴人清水澄夫、被控訴人清水淳二、被控訴人清水みどりに対する本件控訴を棄却する。
三、控訴人と被控訴人清水ミユキとの間に生じた訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人清水ミユキの各負担とし、控訴人とその余の被控訴人らとの間に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。
四、この判決は、主文第一項の金員の支払いを命ずる部分に限り仮りに執行することができる。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
被控訴人ら代理人は、次のとおり述べた。
一、(亡光弘の無過失)控訴人は、加害車輛の進行道路の幅員が被害車輛の進行道路と比較して明らかに広いことを挙げて、道路交通法第三六条により加害車輛に優先権があると主張する。しかしながら、右法条は、車輛相互が交差点に接近している場合の通行権の優劣を定めているものであって、常に一方が他方に優先すると定めているものではない。交差点で右折する場合、道路右側より進行接近している車輛との距離がどれだけあれば右折可能かは、直進車の制動距離によってきめられるのが通常であるが、本件の場合宮坂は交差点の手前四八・六五メートルの地点で交差点入口に停止している被害車を発見しているのであるから、優に右折可能な距離があったといわねばならない。そこで亡光弘は、右折可能と判断して右折を開始したが、右方より接近してくる加害車輛の速度が意外に早く、直ちに衝突の危険を感じ、右足をついて衝突を避けようとしていたところに接近してきた加害車輛は、漫然と時速七〇キロメートル以上の高速のまま進行したため、衝突地点手前約二〇メートルの地点でブレーキをかけたのみで、ハンドル操作もしないまま衝突してしまったのである。
二、(年金の控除に対する反論)控訴人は、地方公務員等共済組合法に基づく遺族年金について、その支給額を損害賠償額から控除すべきであるとして、最高裁判所判決をあげている。右判決は、交通事故で死亡した者の相続人が扶助料の支給を受けながら、被相続人の得べかりし恩給受給利益喪失の損害賠償請求権を相続したとして、請求している事案であって、本件とは事案の異るものである。
地方公務員災害補償法に基づく遺族年金についても、その支給額は損害賠償額から控除さるべきでないが、仮りに然らずとしても、それは現実に支給された額に限定すべきであり、地方公務員等共済組合法第九七条により同法の支給率が半減されることも考慮さるべきである。
控訴代理人は、次のとおり述べた。
一、(亡清水光弘の過失)亡光弘は、加害車輛の運転者宮坂が約二六メートル付近まで接近したところで、本件農道から交差点に右折進入し始め、衝突地点は、甲第四号証添付現場見取図にある如くの地点から一・三メートルのところであり、宮坂の直進した地点である。このような接近した地点から交差点に進入された場合には、宮坂がこれを避け、衝突を防止することは不可能な状態であった。
二、(各年金控除について)地方公務員災害補償法に基づく遺族年金について、昭和四三年一一月一日から三三万六、九六八円、昭和四四年九月一日から二九万四、八四七円(扶養家族一名減)、昭和四五年一一月一日から三七万九、〇八九円の割合で支払うべきところ、同年一一月末日分までは自動車損害賠償責任保険の支給があったため、右の災害補償とみなされ、支給されなかったが、同年一二月一日から右年額三七万九、〇八九円、昭和四六年五月一日から四七万四、六八二円、同年一一月一日から三一万六、四五五円(扶養家族がなくなったため減額、なお以上の金額はいずれも年額)の支給を受けている。
地方公務員等共済組合法に基づく遺族年金について、被控訴人ミユキは、昭和四四年五月七日の給付決定に基づき昭和四三年一一月一日から昭和四六年一一月三〇日まで年額一二万六、一六四円、同年一二月一日以降は年額一二万八、九五七円の割合で今日まで支給を受け、今後も支給を受けるのである。
これら各年金のすでに支給済み額及び将来受領すべき支給額は、ともに逸失利益賠償額から控除すべきであり、さもなければ、地方公務員等共済組合法に基づく遺族年金については、同一目的の給付の二重取りを許すにも等しい結果となり、衡平の理念に反する(昭和四一年四月七日最高裁判所第一小法廷判決)。
証拠≪省略≫
理由
一、本件事故の発生、態様、結果に関する請求原因第一項記載の事実及び控訴会社が訴外宮坂の運転していた加害車輛を自己のために運行の用に供していたことは、いずれも当事者間に争いがない。従って控訴会社は、亡光弘及び被控訴人らの本件事故により蒙った損害を賠償する責任がある。
二、(過失相殺)≪証拠省略≫によれば、
(1) 本件事故現場は、国鉄中央線下諏訪駅から西方へ約一キロメートル隔たったところで、岡谷市方面から諏訪市方面に通ずる総幅員約七メートルの平坦な直線の県道(中央の四・六メートルの部分がアスファルト舗装で、両端には各一・二メートルの非舗装部分がある。)と、同県道から北側に通ずる幅員約三・四メートルの非舗装の農道とが丁字型に交わる交差点であって、同交差点は、互いに見通しのきわめてよい交通整理の行われていないところである。
(2) 加害車輛の運転者宮坂は、控訴会社の親会社の従業員である訴外勅使河原武が午後一時二三分上諏訪駅発列車(特急あづさ)に乗るので、同駅まで送るべく同訴外人を同乗させ、控訴会社を出発して同駅に向って加害車輛を運転して、急ぎ目に右県道を時速約七〇キロメートルで進行して、同交差点に差しかかった際、同交差点の手前約四八メートルの地点で、前記農道から自動二輪車を運転した亡光弘が同交差点の直前で一時停止しているのを認めたが、同人がそのままの状態で停止してくれるものと軽信し、前記速度のまま進行し、同交差点の手前約二六メートルの地点付近まで接近したところ、同人が交差点に右折進入し始めたのを認めたが、なおも停止してくれるから大丈夫と判断して減速することもなく、進行を続けたものの、直ぐに危険を感じて急制動の措置を講じたが間に合わず、自車を亡光弘の運転する自動二輪車に衝突させた。
(3) 亡光弘は、前記停止地点から右足を地面につきながらゆっくり交差点内に右折進入してきたのであって、右停止地点と衝突地点との距りは、二・五メートルである。
以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
以上認定によれば、本件事故は、加害車輛の運転者宮坂の、亡光弘の動静を注視し、如何なる事態にもそれに対応して適確な措置を講じうるよう減速して、その安全を確認してその前方を通過すべき注意義務があるにかかわらず、これを怠った過失によるものであるが、他方亡光弘は、幅員の狭い道路から広い道路と交差する本件交差点に進入するのであるから、一時停止した後においても、交差点に進入するに際し、進行する車輛の有無、その位置、速度、進行状況等に基づき左右の安全を確認し、交差点に進入した後は状況に応じて迅速に行動し、交差点に進入してくる他の車の運転者をして自車の進行のため停止してくれるものと誤認させるおそれのある曖昧な態度をとることは避けるべきであるにかかわらず、これらの注意義務を怠った点も本件事故の一因をなしているものというべく、亡光弘の右過失は、本件事故の損害額の算定につき斟酌されなければならない。そして双方の過失の割合は、訴外宮坂は六、亡光弘は四と認めるのが相当である。
三、(損害額)本件事故による損害額についての当裁判所の判断は、次のとおり付加もしくは削除するほか、原判決理由の説示(原判決一四枚目表末行から二一枚目裏二行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。
(1) 原判決一五枚目表七行目「五・二八四か月分」とあるを「四・六五ヶ月分」と、同一六枚目裏一行目「前記三」を「前記二」とそれぞれ訂正する。
(2) 原判決一八枚目表一二行目「乙第一〇号証」を「甲第一〇号証」と訂正する。
(3) 原判決一八枚目裏一行目「認められるが、」の「が、」以下同五行目までを削る。
(4) 原判決一九枚目表七行目「第四項」を「第三項」と、同九行目「金一九八万四、七五〇円」を「金二一九万六、八五〇円」とそれぞれ訂正する。
(5) 原判決一九枚目裏一行目「遺族年金として」の次に「昭和四三年一一月一日から昭和四六年一一月三〇日まで」を、同二行目「金一二万六、一六四円」の次に「同年一二月一日以降年額金一二万八、九五七円」を、同行「証人鮎沢昭吉」の前に「成立に争いのない乙第一〇号証、」をそれぞれ加える。
(6) 原判決二〇枚目表末行末尾に「なお、控訴人は、右遺族年金についてその支給額を損害賠償額から控除すべきであるとして、最高裁判所判決を挙げているが、右判決は交通事故が死亡した者の相続人が扶助料の支給を受けながら、被相続人の得べかりし恩給受給利益喪失の損害賠償請求権を相続したとして、請求している事案に関するものであって、本件とは事案を異にするものであるから、本件について右判決を先例とすることは相当ではない。」を加える。
(7) 原判決二〇枚目裏二行目冒頭から二一枚目裏二行目までを削り、「前掲乙第一〇号証によれば、被控訴人ミユキは、右遺族補償年金として、昭和四六年一月一日から昭和四六年一〇月三一日まで年額金三七万九、〇八九円、同年一二月一日以降年額金三一万六、四五五円の支給を受けていることが認められる。従って同被控訴人は、当審の口頭弁論終結時の昭和四七年六月一六日現在において同年五月分まで合計金五〇万〇、五〇五円の支給を受けていることになる。同法第五九条第一項によれば、基金が第三者加害による災害について補償した場合には、その価額の限度において補償を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得するから、被控訴人ミユキは、右補償を受けた限度においてもはや控訴会社に対して損害賠償請求権を有しない。従って被控訴人ミユキが右年金受領額の限度において、これを損害額から控除すべきである。」を加える。
(8) 原判決添付別表の「年間総収入」欄のうち、6年目「1.230.116」を「1.230.118」と、8年目「1.271.607」を「1.291.607」とそれぞれ訂正する。
四、以上の次第であるから、控訴人は、被控訴人ミユキに対し、前記金二一九万六、八五〇円より金五〇万〇、五〇五円を控除した金一六九万六、三四五円、その余の被控訴人らに対し、それぞれ金九一万七、三七五円及びこれらの金員に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年一月二四日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることが明らかであり、被控訴人らの本訴請求は、控訴会社に対し前記各金員の支払いを求める限度において相当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。
よって原判決は、控訴人と被控訴人清水ミユキとに関する部分につき右と判断を異にする限度においてこれを変更することとし、控訴人とその余の被控訴人とに関する部分は、右と同旨であって本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、民事訴訟法第三八六条第三八四条第一項第九六条第九五条第九二条第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)